入居間もなくコミュニティチームの引き合わせで出会う
成功を急がず、一歩一歩丁寧に合意形成を進めた
これからのイノベーションは多様な企業が混ざり合い生まれる
変革を進める大企業や革新的な技術・サービスを持つスタートアップ企業が時間と空間をともにする WeWork では、業界・業態の枠を超えた交流が日々行われており、コラボレーションに発展しています。東海旅客鉄道株式会社(以下、JR東海)と、産業ドローンの人材育成と新規事業に強いスタートアップ・株式会社スカイピークは WeWork でつながり、鉄道設備の維持管理でイノベーションを起こそうとしています。今回、両社に経緯などをお聞きし、共創のベストプラクティスを探りました。そこから、化学反応が起こりイノベーションへと発展するために必要な要素とは何かが見えてきました。
(写真左:株式会社スカイピーク 代表取締役の高野耀氏、右:東海旅客鉄道株式会社 総合技術本部 技術開発部 イノベーション推進室の河野整氏。 WeWork 渋谷スクランブルスクエアにて)
■共創成功のポイント
- 双方でできること、できないことを整理分類して期待値をコントロールした
- WeWork などでリアルに顔を合わせ、フランクな会話も含めてコミュニケーションを重ね、互いの信頼関係を深めた
- イノベーションの本格導入を急がず、小さな成功事例を積み重ねた
入居間もなくコミュニティチームの引き合わせで出会う
──現在のWeWorkのご利用状況を教えてください。
JR東海 河野氏(以下、河野):当社は、イノベーション推進室立ち上げを機に WeWork 渋谷スクランブルスクエアの利用を2020年8月から開始し、その後 WeWork 丸の内北口に移りました(2022年8月~)。また、これとは別に、 WeWork グローバルゲート名古屋も利用していました。
スカイピーク 高野氏(以下、高野):私たちは、2020年の1月から WeWork 渋谷スクランブルスクエアを本社として利用しています。
── WeWork を舞台に、両社で共創が進んでいると伺っています。改めて現在までの経緯を教えていただきたいのですが、最初はどのようなきっかけで知り合ったのでしょうか。
高野:つながったのは、JR東海さんが入居されてすぐだったと記憶しています。 WeWork 渋谷スクランブルスクエアのコミュニティチームの紹介で、最初は別のイノベーション推進室メンバーの方とつながりました。メンバー間のコミュニケーションツールを通じてやりとりしているうちにビジネスで親和性があることも分かり、「直接会ってお話ししましょう」ということになりました。その後やりとりを重ねる中で、ドローン活用を検討していた河野さんをご紹介いただきました。
河野:私はもともと東海道新幹線の線路や橋梁(きょうりょう)といった設備の維持管理をする部署に10年ほど在籍していました。そのころから「鉄道設備のメンテナンスにドローンを活用したい」と考えていたのですが、実現するには協力者が必要でした。そのような状況下で高野さんに知り合い、私の構想をお話したところ、実現に向けたさまざまなアイデアをいただけました。
──求めていることを実現できる可能性のある会社に、 WeWork 入居間もなく出会ったわけですが、河野さんの思い描いていたイメージはどんなものだったのでしょうか。
河野:鉄道設備のメンテナンスにおいて大切なのは、現地現物を確認することです。例えば背の高い橋りょうであれば高所作業車で近づいたり、双眼鏡を使ったり、場合によっては足場を組んで確認しています。いずれにしても手間とコストがかかりますし、状況によっては安全面のリスクが伴います。また災害が起こった時、設備の状況を広範囲に確認するには多くの時間と人手を要します。ドローンを用いれば、それらを安全かつ迅速に行える可能性があります。
こうしたドローンを用いたロボティクス化・デジタル化は、少子高齢化による労働力不足といった我が国が避けて通れない社会問題に対しても有用です。スカイピークさんとなら、その世界観が現実になるのでは、と期待を抱きました。
──JR東海でドローンを活用する上でハードルはありますか。
河野:以前はドローンに懐疑的な見方もありました。今はある程度理解が進んで、鉄道会社でも使い方次第で役に立つのではないかという考え方が出てきました。私自身、その考え方の変化を肌で感じています。
しかし、初めの段階では、たとえ「ドローンは業務に使える」と分かっていても、慣れない者が飛ばしてトラブルになれば、一気にドローンの信頼感が損なわれることになりかねません。当社でドローンがさらに活用の場を広げていくためには、まずはしっかりと安全を担保してくれるプロフェッショナルがドローンを飛ばして、ドローンに対する社内の理解をいっそう深めていく必要があると考えていました。ただ、インターネットなどで調べても、どの会社に依頼すればよいのか判断がつきません。
そんななか、多様な企業が顔を突き合わせる WeWork で仕事をすることになり、高野さんと出会いました。高野さんとは、フランクな会話も含めて幾度となくコミュニケーションを重ねていき、互いの信頼関係が深まったタイミングで、具体的なビジネスの相談へと進展していきました。
成功を急がず、一歩一歩丁寧に合意形成を進めた
──現在のような共創へと発展していったポイントはどこにあるのでしょうか。
高野:最初は、鉄道のさまざまな設備点検にドローンが使えそうだ、というところから話し合いを始めました。その中で河野さんと私が心がけたのは、具体的にできることとできないことを整理分類して、JR東海さん社内の期待値をコントロールすることです。
「ドローン活用」は話題性があるため、派手にPRなどで利用されることも多いですし、企業のトップが注目して、いきなり導入してうまくいかなかったという例もあります。ドローンに対する期待値が高すぎるとそのような状態になると考え、河野さんとは一歩一歩丁寧に進めていく方法を選びました。
その上で河野さんは、私たち(スカイピーク)の優位性や必要性が理解できる場を、関係部署のドローン活用勉強会などの形で設定してくださり、社内のより広い合意形成に向けて活動を積み重ねていくことができました。
河野:当社は多くの人間が働く組織です。100人いれば、100通りの考え方があります。そこで合意形成を得ることは、簡単ではありません。「ドローンは使えるね」という意見があれば、一方で「ドローンは危ない」という人もいます。それを十分に理解した上で、十分に安全を担保して、成功率の高い目に見える小さな成功事例を、今も一つ一つ積み重ねていく必要があると考えています。
──世界的に見ても評価の高い日本の鉄道事業ですが、そこでのドローン導入は、スカイピークさんにとっても得るものが多いのではないでしょうか。
高野:高度に安全を維持しながら、秒単位の正確さで運行する日本の鉄道のすごさを痛感しています。日常のあらゆる瞬間に、安全を維持していくための意識や体制、ルール、作法がきめ細かく織り込まれていて、お仕事をご一緒させていただくことで私たちの意識も磨かれています。
──河野さんから見て、プロジェクトの現状はどのような状況ですか。
河野:3年前に描いていた構想が、予想以上のスピードで実現に向けて進んでいる実感があります。これには、スカイピークさんの仕事に対するスタンスが大きく関わっているように感じます。当然ですが、世の中の多くの企業は、商品やサービスをいかにたくさん販売して利益を上げられるかを重要視しています。ドローンに関わる事業者も同様でしょう。ソリューションを販売して後はライセンス料で稼ぐといったモデルの方が手っ取り早いはずです。
そのなかにあってスカイピークさんは、常に「一緒に思い描いた世界を実現したい」という強い意志を持ってともに取り組んでいただいています。これは、私たちJR東海のイノベーション推進室の思いである「多様な事業者が手を携えて目標を達成する」という信念ともシンクロしています。
高野さんには、「私たちの理想は、いずれ社員が自らドローンを活用して設備の点検を行うことです」とお伝えしています。高野さんは、受託事業としてドローンの安全な飛行を実施してくださるだけではなく、現状の当社社員のレベルを冷静に判断し、スキルを上げるためのトレーニングや、現場の社員に対するアドバイス、また、マニュアルの監修など、多方面で伴走してくださっています。スカイピークさんのような高い理念の企業と協業させていただけて、本当によかったと感じています。
高野:すでに顕在化している課題の改善と違って、JR東海さんのような大きな組織では、取り組む課題自体が大きく、達成には一定の時間を要します。そのお手伝いをするためには、私たちから価値観を合わせた上で、スポットではなく「帯」で深くお付き合いをしなければ、成果は得られないと考えています。そうした関わり方が私自身好きな性格ですので、高いモチベーションを持って取り組んでいます。
先日も、一般的な製品のみでは十分に対応しきれない課題解決に向けて、海外のドローン関連企業に河野さんと赴き、JR東海社内の目線でディスカッションに加わるなどの関わり方もしています。
これからのイノベーションは多様な企業が混ざり合い生まれる
──WeWork には、大企業の新規事業開発の部隊と、革新的な技術やサービスを持つスタートアップ企業の双方が入居しています。今回の取り組みは、その中で理想的な共創関係が保たれている事例として、多くの方が関心を持つのではないかと思います。ただ、お話しから感じるのは、一定の成果を達成しようとすると、それなりに時間がかかるということです。
河野:そうですね。そのため、当社にイノベーション推進室が設置された折も、「やってみないと分からないこともある」ということを、上層部に許容していただいた経緯があります。いわゆる「やってみなはれ」の精神です。失敗してもいいから試してみろということですが、これは「やみくもになんでもやってみる」ことでも、「短期的な利益を追う」ことでもありません。鉄道事業者としての幹はそのままに、その上で新しい進化につながる枝葉を伸ばす。これが「やってみなはれ」ということだと認識しています。
高野:私たちは、JR東海さんをはじめ規模の大きな企業や、一部では官公庁ともお付き合いがありますが、それぞれの組織には特有の文化やルールがあり、それをこれまで学んできた経緯があります。私たちスタートアップは、そうした大きな組織に歩調を合わせる足の長い仕事と、サイクルの短い仕事を組み合わせながら事業を進めています。
──この WeWork渋谷スクランブルスクエアは WeWork の中でも大型の拠点であり、常にその中で活発に交流が行われているわけですが、両社はこの空間でビジネスをする上で、 WeWork にどんな価値を感じていますか。
高野:多様な企業が同じ空間にいるという物理的なメリットは、とても大きいと思います。たった1枚の書類をやりとりするというささいなことも含めて、何かあればすぐにフェイス・トゥー・フェイスで話ができます。
河野:同感ですね。やはり、実際に会わないと熱量が伝わりませんし、新たなエネルギーも生まれません。オフィスが別々だったら、オンラインで面談を済ませ、現在のような関係性に発展していなかったかもしれません。
イノベーション推進室として、価値のあるソリューションを持っているスタートアップ企業と、当社で関連する部門をつなぐこともよくありますが、そんな時も、新しい化学反応を生み出す場である WeWork で引き合わせています。
──今後、 WeWork の活用について考えていることはありますか。
高野:私は以前から、 WeWork の中で趣味や会社での役職が似ている人などを集めてコミュニティをつくる活動をしてきましたが、今度「モビリティ」をテーマにしたコミュニティをつくろうと準備を進めています。もちろん河野さんはメンバーに入っています(笑)。モビリティをキーワードにすると、エネルギーや脱炭素など、多くの人が関わってくるので面白い活動になると期待しています。
私が人と人とのつながりに力を入れているのは、仕事をする上で最も大切なのは、「価値観が合っているかどうか」だと思っているからです。河野さんともその点にズレがなかったからこそ、「その先」に進めたのだと感じます。
河野:私が WeWork に来て感じるのは、これからのイノベーションは、自社の閉じた組織の力だけではなく、多様な企業・個人のコラボレーションによって生まれるということです。 WeWork は、そのために適したステージだと思います。
私が今回「鉄道事業にドローンを取り入れたい!」と考えてつながりを求めたように、「WANT」を明確に示し続けていると、やがて共鳴する人が集まってきて、 WeWork の中で大きなうねりになっていく。 WeWork というステージで他社を巻き込んでイノベーションを成功させるには、自分が何を求めているかを明確にして表明し続けること。個人的には、これに尽きると感じます。